四六判・上製
214頁・本体2000円 税込価格2100円
ISBN4-87259-025-2 C1020 [1996] |
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万延元年の遣米使節団は咸臨丸で、桑港で何を体験し何を記録したか.ときに福沢諭吉27歳. |
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1 |
咸臨丸の福沢諭吉と「写真屋の娘」
―ダゲレオタイプとアンブロタイプ―
万延元年雨の降る日の桑港,諭吉が少女と撮った写真はなぜ左右逆転が起こっていないのか,この少女は誰で,その後の人生は?
史料を丹念に追い,日本の写真史の間違いを化学者の目で正すと共に,この写真をめぐる人びとの運命を哀感こめて描いた感動作. |
| 2 |
万延元年遣米使節の見た「南十字星」
―使節一行の天文学的体験―
諭吉や榎本武揚,西周らを乗せた2年後の文久二年遣欧使節と併せ,はじめて南十字星を観測し,日付変更線を体験したサムライたちの異文化との交流.詩人ホイットマンが詠い上げた日本人使節への賛歌「ブロードウェイ大行進」で予言し希望した日本とは. |
| 3 |
咸臨丸に乗っていたもう一人の適塾生
―牧山修卿―
牧山修卿と諭吉はともに安政五年生まれ.修卿はお雇医師の裕福な家で育ち,適塾では諭吉より4年後輩,咸臨丸には医師として乗り込む.塾頭だったがいまは奉行家来にしかすぎない咸臨丸の諭吉.のちに「痩我慢の説」の動機ともなったといわれる人間模様.
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